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東京地方裁判所 平成5年(行ウ)249号 判決

東京都多摩市永山二-三-三-三〇一

原告

村山武俊

東京都多摩市貝取一七二四番地

被告

多摩市立図書館長

佐藤清一

右訴訟代理人弁護士

石葉光信

石葉泰久

上村正二

石川秀樹

田中愼一郎

主文

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が平成五年九月七日付けで原告に対してした、朝倉書店刊「土木工学事典」についての著作物複製不許可処分を取り消す。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は多摩市の住民であり、被告は地方公共団体である多摩市が設置した図書館法二条一項に規定する公共図書館の長である。

2  被告は、図書館法三条の趣旨に基づき、図書館奉仕の一形態として著作権法三一条により図書、記録その他の資料を図書館の利用者の求めに応じ複写サービスを行っている。複写サービスの行える日、時間、対象者及び利用の制限等具体的な利用については、「多摩市立図書館の管理運営に関する規則(乙三)」に定める図書館奉仕の一形態として、同規則二条以下の規定するところによる。

なお、被告は、複写機の上にB四の大きさで著作権法との関係で複写できる要件等を「コピーをされる方に」として表示している(乙一)。

3  複写サービスは、通常、図書館利用者が多摩市立図書館の蔵書の中から任意に選出した本、雑誌等を図書館窓口の職員に提示し、複写の範囲を明示して複写を希望する旨申出、職員は著作権法に違反しているか否かの判断をしたうえ、次のとおり処理する。

(一) 著作権法に違反していない場合

複写を申し出た利用者に複写申込書(乙五)を交付し、必要事項を記入してもらい、利用者において複写枚数分の料金を複写機のコイン投入口に入れて、職員の面前で利用者自身が複写する。

(二) 著作権法に違反している場合

利用者に対し、複写できないこと及びその理由を告知し、著作権法の内容、同法に違反しない範囲での複写方法及び内容によっては利用者の意図しているものを他の蔵書によって複写できること等を説明し、理解を得るようにする。

4(一)  原告は、平成五年七月下旬ころ、被告に対し、多摩市立図書館の窓口において、被告が管理する著作物である朝倉書店刊「土木工学事典」(以下「本件著作物」という。)のうち一一二頁から一一八頁までの部分(以下「本件複写請求部分」という。)につき、複写を申請したが、右窓口の担当職員は、著作権法の規定により、原告の希望する部分全部の複写サービスは実施しかねる旨回答した。

(二)  原告は、被告に対し、同年八月六日、書面により本件複写請求部分につき著作権法三一条一号を理由として複製物の交付を請求した(甲一の1)。

(三)  被告は、同年九月六日、原告が多摩市立図書館に来館した際、原告の希望する部分全部の複写サービスは実施しかねる旨回答したところ、原告が文書による回答を求めたため、同月七日付けの書面により「項目全部の複写はいたしかねる。」旨の回答(以下「本件回答」という。)をした(甲二)。

5  本件著作物は編集著作物であり、本件複写請求部分は、そのうち、「土質力学・土構造」の中の「地盤の安定問題」と題する、山口柏樹が執筆した項目に該当する。

二  原告は、被告が原告の複写物交付申請に対し「項目全部の複写はいたしかねる」旨の本件回答をしたことが、著作物複製不許可処分にあたり、以下の理由により右処分が違法であると主張して、同年九月一四日、処分の取消を求めて本訴を提起した。

1  本件著作物が共同著作物性を有すること

2  本件著作物が公共的著作物性を有すること

3  原告が複製を請求した部分が単一の著作物の一部にすぎないこと

4  被告には複製請求を全部不許可とする権限がないこと

第三  争点

本件訴えの適否に関する争点は、本件回答が取消訴訟の対象となる処分であるか否かにある。

原告は、被告の本件回答を行政処分たる「著作物複製不許可処分」と捉えたうえ、右処分が著作権法三一条一号に違反する違法な処分であり、憲法二一条、二三条にも違反する違憲なものであるとして、その取消を請求する。

被告は、被告の複写サービスは、図書館法三条の趣旨に基づくもので、被告の行為により原告には法律上の不利益は生じないから、本件回答は取消訴訟の対象となる「処分」ではないとして、訴えの却下を求めている。

第四  争点に対する判断

一1  行政事件訴訟法三条二項は、「処分の取消しの訴え」における「処分」を「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」と定義しているから、行政庁の行為が取消訴訟の対象となるためには、その行為が処分その他公権力の行使に当たる行為でなければならないことになる。

そして、ある行為が、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為といえるためには、それが公権力の行使すなわち行政庁が法が認めるその優越的な地位に基づき権力的な意思活動としてするような行為であること及びその行為が個人の法律上の地位ないし権利関係に何らかの影響を与えるような性質のものであることを要する。

2  これを本件についてみるに、原告は、著作権法三一条一号に基づき、本件著作物の複製物の交付を請求しているが、同条項は、図書館において、図書館の利用者の求めに応じ、その調査研究の用に供するために、公表された著作物の一部分の複製物を一人につき一部提供する場合に、図書館資料を用いて著作物を複製することができることを定めた規定であって、公共の利益の観点から図書館における一定の範囲での著作物の複製が著作権の侵害に当たらないことを認めたものにすぎず、この規定をもって、国公立の図書館に優越的な地位に基づき権力的な意思活動としての複製の許可権限や複製物の交付権限を与えたものとも、これに対応して、図書館利用者に図書館に対する複製物の交付申請権やこれに対する図書館の応答義務を定めた規定と解することはできない。

また、図書館法三条一号は、図書館は、図書館奉仕のため、図書館資料を収集し、一般公衆の利用に供することに努めなければならない旨を規定するが、右条項も、国公立の図書館に権力的な意思活動としての複製の許可権限や複製物の交付権限を与えたものとも、これに対応した図書館利用者の複製物の交付申請権やこれに対する図書館の応答義務を定めた規定と解することはできない。

さらに、多摩市公民館及び多摩市立図書館に関する条例、多摩市立図書館の管理運営に関する規則及び多摩市立図書館処務規程にも、多摩市立図書館や被告に権力的な意思活動としての複製の許可権限や複製物の交付権限を与える規定、これに対応する原告に複製物の交付申請権やこれに対する図書館の応答義務を定めた規定は見当たらない(乙二ないし四)。

多摩市立図書館では、複写機の近辺に、「コピーをされる方に」と題するお知らせを貼付しており、右お知らせには「図書館では次の場合に限りコピーができます。」として、「1 多摩市立図書館の蔵書であること、2 資料の一部分であること、3 同じ部分は一人一枚のみ。複写目的は調査・研究(しらべもの)に限られます。コピーされるときは必ず職員に声をおかけください。」との記載がある。また、多摩市立図書館の利用案内にも、複写が必要なときコピーサービスをしている旨の記載があり、「著作権法の規定によりコピーできない場合があります。」との注意書きが付されている(乙一、乙六、乙七)。しかしながら、右お知らせや利用案内の記載の内容は、図書館利用者に対し、行政サービスとして図書館資料の一部の複写ができることを広く知らせる趣旨にすぎず、これらをもって権力的な意思活動としての複製の許可権限や複製物の交付権限に対応して、利用者に複写物の交付申請権を定めたものと解することはできない。

その他本件全証拠によっても、多摩市立図書館や被告が優越的な地位に基づき権力的な意思活動として複製の許可権や複製の交付権を有し、これに対応して原告を含む利用者に複製物の交付申請権やこれに対する図書館の応答義務があることを認めることはできない。

3  右事実によれば、多摩市立図書館や被告が権力的な意思活動として複製の許可権限や複製物の交付権限を有し、原告がこれに対応する複製物の交付申請権を有することを認めるに足りる法的根拠はないと解さざるを得ないから、被告の本件回答は、行政庁の処分その他公権力の行使としてこれに対応する個人の法律上の地位ないし権利関係に何らかの影響を与えるような性質のものということはできない。

したがって、被告の本件回答は、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為といえず、処分の取消しの訴えの対象とすることはできないものである。

二  結論

よって、原告の本件訴えは不適法であるからこれを却下し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西田美昭 裁判官 髙部眞規子 裁判官 櫻林正己)

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